1.明治維新百五十年・板垣退助伯薨去百年 顕彰祭の開催

平成30年(2018)は、板垣退助伯薨去百回忌

平成30年(2018)は、明治維新150年・板垣退助百回忌。明治維新の精神を顕彰する板垣退助墓前祭を挙行いたしました。


【顕彰祭】
●とき:平成30年9月29日(土)
      13:00~(受付開始)
●ところ:東京都品川区北品川3-7-15
      品川 高源院・板垣退助墓地


●主催:一般社団法人 板垣退助先生顕彰会
板垣退助百回忌・明治維新150年顕彰祭ご案内フライヤー(表面).PDF


板垣退助百回忌・明治維新150年顕彰祭ご案内フライヤー(裏面).PDF

平成30年(2018)9月29日挙行された板垣伯薨去百回忌墓前法要

東京品川:高源院墓地の板垣退助墓前にて挙行されました。


板垣伯薨去百年祭(於 高源院墓地・板垣墓前)

台風24号が近づいているとのことで、小雨の中となりましたが、板垣退助先生ゆかりの諸氏が参集し、先生百回忌墓前法要がしめやかに行われました。
宮内庁書陵部主任研究官、国会議員、戊辰史研究家をはじめとする諸先生、土佐藩士・郷士たちの御子孫、明治維新元勲の御子孫、大楠公御末裔、旧幕側


板垣伯薨去百年祭(於 高源院墓地・板垣墓前)

御子孫、土佐居合道・無雙直伝英信流有縁の諸氏、板垣ゆかりの方々および御支援者様各位にご列席を賜わり【板垣退助伯爵薨去 百回忌墓前法要】並びに【特別位牌奉納式】を滞り無く挙行することが出来ました。皆様ありがとうございました。


板垣伯薨去百年祭(於 高源院墓地・板垣墓前)

ご来賓各位。「涙雨」と言うのでしょうか。傘を差しての参列となりました。


板垣伯薨去百年祭(於 高源院墓地・板垣墓前)

東京菩提寺・高源院ご住職による読経。


板垣伯薨去百年祭(於 高源院墓地・板垣墓前)

東京菩提寺・高源院は、関東大震災でお寺は焼失。しばらく無住の状態を経て、世田谷に移転し再興されました。板垣先生のお墓は、この場所が当人が気に入って建てられたとあって、移転されずこの場所に残されたため、今は世田谷のお寺の飛び地のようになっていますが、こちらが元々の場所にあたります。

関東大震災でお寺が焼失した時に「お位牌」も焼けたのか、元々高源院さまには「寺位牌」が奉納されていなかったのか、無住の時代をはさんでいるので分かりませんが、今年、百回忌法要を高知の菩提寺で行うにあたり、高知菩提寺へ「塗り位牌」を奉納。東京菩提寺にも「お位牌」が無かったため、【明治維新150年・板垣退助先生百回忌】に併せて、高知・東京両菩提寺に【特別塗り位牌】を奉納しようと、浄財を広く一般に募って完成したのがこの位牌です。


板垣伯薨去百年祭(於 高源院墓地・板垣墓前)

お位牌の裏面には、板垣退助先生の意志を継ぎ、明日の日本をになう代表たる人物に揮毫をして頂いた「板垣死すとも自由は死せず」の文言を、字形をそっくりそのまま縮小して刻みました。


板垣伯薨去百年祭(於 高源院墓地・板垣墓前)

こちらは、我々の先輩にあたる50年前の「板垣退助先生顕彰会」が建立した石碑で、時の総裁であった佐藤榮作先生の揮毫による「板垣死すとも自由は死せず」の碑。当時の「板垣退助先生顕彰会」の資料によると、正式名称は【板垣退助先生顕彰碑】です。板垣家当主・退太郎さまのお姉さまのお話しによると、高知県産の石をはるばる運んで建碑されたもの。碑陰には「昭和43年7月16日」と先生の50回忌の日が刻まれていますが、実際に除幕がされたのは、その年の12月8日になります。


板垣伯薨去百年祭(於 高源院墓地・板垣墓前)

百回忌の当日に撮影の写真。HPにはupできませんが、まさに幕末・明治維新の元勲の子孫、重鎮、ご歴々が参集した【百回忌法要】ならびに【特別位牌奉納式】となりました。法要後は、都内某所へ場所を移して「直会」こちらも、旧幕臣側ご子孫などもお集まり頂き、ともに先人の偉勲を讃えあい意義のある法要となりました。

昭和43年(1968)、(※50年前)に挙行された板垣伯薨去五十年墓前祭(第50回忌)

東海寺塔頭:高源院墓地の板垣退助墓前にて挙行されました。


板垣伯薨去五十年祭(於 高源院墓地・板垣墓前)

(右列奥から、乾一郎、乾富美子、板垣晶子、乾(髙岡)眞理子、秋山範子、秋山有世、板垣直磨、子供奥から秋山裕子、秋山竹生、左列、寺尾豊、他一名/写真:髙岡家蔵)


平成30年7月16日に、板垣退助伯薨去百年を迎え、50年ぶりに板垣退助伯墓前祭を挙行いたしました。詳しくはこちらへ。


板垣百回忌顕彰事業(詳細).PDF

板垣百回忌募財趣意書.PDF

御協賛要項および特典.PDF


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2018/10/01

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