明治15年(1882)4月6日午後6時半頃、板垣は帰途に就こうと岐阜中教院の玄関を出た時、短刀を振りかざした暴漢・相原尚褧に急襲されたが、この「呑敵流小具足術」で身をかわした。これによって本山団蔵から免許皆伝を贈られた。
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