4.呑敵流小具足術

板垣退助は、呑敵流小具足術(竹内流小具足組打ち)を土佐藩士・本山団蔵重隆から学んだ。本山団蔵の先祖は、山内家土佐入国以前より土佐北部を領し「土佐七雄の一」に数えられる本山家で、のちに長宗我部家に与した。退助とは遠縁の親戚にあたる。

 

明治15年(1882)4月6日午後6時半頃、板垣は帰途に就こうと岐阜中教院の玄関を出た時、短刀を振りかざした暴漢・相原尚褧に急襲されたが、この「呑敵流小具足術」で身をかわした。これによって本山団蔵から免許皆伝を贈られた。

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