日本人が必ず行ってみるべき場所が「靖國神社」であるとすれば、大阪府民ならば必ず行ってみるべき場所がこの「真田山陸軍墓地」ではないだろうか。
大阪に長く住んでいても、この場所を知らない人も多い。「大坂の陣」で真田信繁が籠った場所が「真田丸」であり、その場所が「陸軍墓地」に
「真田山陸軍墓地」大阪出身の陸軍の戦歿者のみが埋葬されていると思われがちだが、古い時代のものは、内実、明治以降大阪に移住し、本籍地も大阪に移しているが高知県出身の方や、おそらく大阪の陸軍病院(現・国立病院)で亡くなられた関係で、故郷を離れて此処に埋葬されたらしき方々もおられた。
「明治廿八年九月十六日」台湾で戦歿された方の墓標もあった。この同じ時、私の曾祖父も、近衛兵として「征台之役」に出征している。曾祖父は命を喪わず帰還したので、今の私がいるが、若し戦地で散華していたら、曾祖父の墓標がここにあって、私は生れていない。みれば曾祖父と同じ「乾」の姓であった。この方は、ひょっとしたら、曾祖父と同じ部隊の所属であったかもしれないし、曾祖父が生き残り、この方が散華されたのは、紙一重の差であったかもしれない。そう思うと、見ず知らずの方の墓標であるが、無性に親しみを覚えた。
この方々が命を捧げて戦って下さったお蔭で、今の自分があることも実感できた。この散華された方々も、具体的な「誰か」の為ではなく、見知らぬ「未来の誰か」の為に戦われたのである。
そして、「未来の誰か」の一人である私が、そのことに感謝する為に、此処に来たのである。それが実感できた日となった。ここに来れて良かった。自分は自分一人で生きてこれたのでは無い。先人の尊い犠牲の上にある命なのだ。だから、大切にせねばならないし、先人の想いを踏みにじるようなこともしてはならない。そう感じました。