【米国は台湾を見捨てない】の意図と【日本が教訓とすべき】こと。(令和4年8月4日)

なぜ急に【米国は台湾を見捨てない】と言い出したか。

それはウクライナ問題で権威の失墜した米国が、「台湾」を第二のウクライナにさせない為である。

…が、ならば「ウクライナ」は見捨てて良くて「台湾」は見捨てたら駄目なのかと、ツッコミたくなる。
勿論、台湾有事はモロに日本に飛び火するので、こう言って貰ってありがたいのであるが、ウクライナ有事


だって、北方領土の絡む日本にとって他人事では無い。

米国はウクライナに関して「軍事介入しない」と言い切ったが為に招かれた悲劇の侵略戦争と言える。

軍略的に見れば、米国は態度を曖昧に濁して「それ以上やるなら軍事介入も辞さない」と云う態度をとるべきだった。…板垣退助が軍事顧問の立場にあれば、絶対にそうさせたであろう。

バイデンは冷戦構造がいかに構築されたかも分析できない米国の大統領として、最も不適格者である。あとで武器を送って戦闘が泥沼化するのを支援するより、向こうが核兵器をチラつかせて脅すなら、こっちも核兵器をチラつかせて威しかえすのが筋だろう。そうすれば、今回の戦争は起きなかったし、早々に幕引きとなった。ところが「核兵器を持つ国どうしはガチで戦争しない」となった。それでロシアは安心したし、なんやかんや言っても本音は持ったもの勝ちであることを世界に暴露した。相手に武装解除させる時は、美辞麗句と人道的な話を説く。そして、核を配備させないようにする。完全に洗脳である。…で相手に武装解除を求めながら、自分たちは武器を捨てない。これが世界のセオリーである。

日本人よ、核を手放したリビアを見よ、ウクライナを見よ。勝手に核を作ったイスラエルを見よ、北朝鮮を見よ。そして、現実を見よ。

バイデンの戦略は明らかに間違いだった。…で、それに学んだのが今回の発言としか考えられない。

同じ事は日本にも言える。

日本の場合は『憲法九条を守る!』と言い切る事が侵略戦争を招くと肝に銘じて教訓とすべきだろう。
板垣退助は非武装中立論なんか唱えていないし、植木枝盛だってそんなことは一言も言っていない。

何を馬鹿な事を云うか、「植木枝盛先生の作った憲法案が基礎となって今の『日本国憲法』が出来た。だからこれを堅持しないとならない。これを一つでも変えたら戦争が起こる」とめくじらを立てる人に言いたい。あなたは、一度でも植木枝盛起草の『東洋大日本国々憲案』を読んだことがあるのかと。何処かの講演会で誰か偉い先生の解説を孫引きして、分かったつもりになっているだけではないのかと。

「第十一條、日本聯邦は日本各州に對し外國の侵寇を保禦するの責あり」「第二十一條、宣戦講和の権は聯邦にあり」「第二十六條、日本聯邦に常備軍を設置するを得」「第三十四條、日本各州は現に強敵を受けて大乱の生じたるが如き危急の時機に際しては聯邦に報じて救援を求ることを得、又た他州に向て應援を請ふことを得、各州右の次第を以て他州より應援を請はれし時、眞に其危急に迫るを知るときは赴援するを得、その費は聯邦に於て之を辨す」「第三十五條、日本各州は常備兵を設置するを得」「第三十六條、日本各州は護郷兵を設置するを得」「第七十八條、皇帝は兵馬の大権を握る宣戦講和の機を統ぶ。他國の獨立を認むると認めざるを決す。但し和戦の決したるときは直に立法院に報告せざる可からず」「第七十九條、皇帝は平時に在り立法院の議を経ずして兵士を徴募するを得」「第八十五條、皇帝は諸兵備を爲すを得」「第八十六條、皇帝は國政を施行するが爲めに必要なる命令を發する事を得」「第八十八條、皇帝は聯邦行政府に出頭して政を乗る」「第八十九條、皇帝は聯邦行政府の長たり。常に聯邦行政府の権を統ふ」「第九十條、皇帝は聯邦司法廳の長たり。其名を以て法権を行ふ。又法官を命ず」「第九十六條、日本國皇帝の位は今上天皇睦仁陛下に属す」「第百廿一條、聯邦立法院は聯邦の軍律を定むることを得」「第百廿三條、聯邦立法院は聯邦に関する兵制を議定することを得」「第百六十五條、日本聯邦行政権は日本皇帝に属す」「第百六十六條、日本聯邦の行政府は日本皇帝に於て統轄す」「第百七十一條、聯邦行政官は皇帝の命に従ふて其職務を取る」「第二百六條、國家の兵権は皇帝に在り」「第二百七條、國軍の大元帥は皇帝と定む」「第二百八條、國軍の将校は皇帝、之を撰任す」(植木枝盛起草『東洋大日本国々憲案』より)

緊急事態条項もあるし、天皇の統帥権、国防軍の設置も総て、植木枝盛の憲法案に記載されている。

日本陸軍の基礎を築いたのは板垣退助だし、徴兵令を布いたもの板垣退助だ。戦前の教育ではちゃんとそれを教えていた。戦後教育はまるでそれをネガティブなもののように扱い、真の板垣像からどんどん離れて、まるで別人のように仕立てられてしまった。『自由の為に戦い、刺された時に「板垣死すとも自由は死せず」と叫びました』ぐらいの薄っぺらな歴史観しか教えない学校教育では駄目だ。そんな勝手に作られた人物像を通じて評価されることを板垣も植木枝盛も望んでいないだろう。

戦後自虐史観の亡霊にまみれ、『日本国憲法』は素晴らしいというような美辞麗句と人道的な話に騙されて大局を見失うこと勿れ。(理事長談)


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投稿日:2022/08/04

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