高知新聞【板垣家墓所・子孫らが案内板を設置】(令和7年12月18日附朝刊)

自由民権運動の指導者・板垣退助(1837~1919年)の玄孫らが令和7年(2025)12月17日、板垣家の歴代当主らが眠る高知市の板垣山墓所に案内板を設置した。(『高知新聞』令和7年12月18日附朝刊より)


板垣退助の埋葬墓は東京の品川神社の裏にある。五十回忌の68年、退助の先祖ら40柱余りが眠る高知板垣山の同墓所に分祀された。

板垣山の案内板は、退助玄孫の髙岡功太郎さん(52)が理事長を務める一般社団法人板垣退助先生顕彰会と、NPO法人板垣会(中地英彰理事長/薫的神社宮司)が、昭和百年・帝国議会開会135周年を記念して設置した。

縦90センチ、横120センチのアルミ製で、各墓の埋葬者の名前や生没年、板垣家の歴史などを記している。この日は、両板垣会の会員に加え、板垣退助の生誕地である高知市天神橋通商店街の関係者、墓所を清掃奉仕している高知市薊野の老人クラブ連合会メンバーらも出席。


NPO法人板垣会の谷是・副理事長(86)が「自由民権を掲げた板垣退助の志は、現在の自由民主党につながり、高市政権をはじめ、今の世の中に随所に生きている」とあいさつし、髙岡さんは「甲斐の武将・板垣駿河守正信の孫で、山内一豊に仕え土佐に来住した初代板垣正信や、甲斐の時代から扈従してきた家臣・北原羽左衛門家の墓所も隣接している。正信から退助までは十世代あり、土佐藩の黎明期を支えた侍たちも眠っている。甲斐(現・山梨県)と土佐(現・高知県)の歴史はバラバラに考えられがちであるが、日本人の歴史は強い紐帯でつながっている。ぜひ訪れて、日本の歴史、土佐の歴史を感じてほしい」と語った。(横田宰成)


※新聞では紙面の関係上、インタビューで省略された箇所もありますが、省略された部分にも大切な箇所がありますので、弊会web版では、改めて全文を掲載いたします。(事務局より)


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投稿日:2025/12/18

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