【美正貫一郎建臣の慰霊】三春城と二本松城の旅(令和8年10月22日)

明日は、会津若松市の戊辰戦争西軍【官軍】慰霊祭。
前日の本日は、土佐藩ゆかりの方々と東北の戊辰戦争ゆかりの場所を巡るタイムトラベルツアー。


昨年に引き続き、五箇条の御誓文の起草にも携わった福岡孝弟の玄孫・福岡孝成さま(髙岡理事長とご親戚でもある)。そして、土佐藩にも東北の棚倉にもゆかりのある宗田さまと戊辰戦争のゆかりを史跡を巡ります。

二本松城は壮大で華麗、かたや三春城は中世の面影を留めるひなびた山城。勤皇に尽くした三春藩が悪く言われ、錦の御旗に叛した二本松藩が正義かの様に言われる。

残念ながら、そう云う歴史観が蔓延している現状を打破していかねば、日本の根幹が揺らぐことになっていくだろう。

反日史観の日本の公共放送は、来年も逆賊を主人公とした大河ドラマを盛んに企画している。



髙岡功太郎理事長、三春町にて


(左)福岡孝成さま、(右)髙岡功太郎理事長


その逆賊、反日史観の先にあるものが何かを見抜く力が求められている。東北では勤皇史観が差別され、婚姻にも影響を与えていると云う現実。



二本松城にて


二本松城からの雄大な眺望


歴史的遺物を見ても、その違い、扱いが見てとれる。錦の御旗に弓を引いた白虎隊の顕彰碑はとてつもなく巨大で、真に勤皇に殉じた英霊諸士の石碑はどれも小さく、その文面は摩耗剥離して消え去ろうとしてる。阿武隈川に散った美正貫一郎建臣の神霊は今の日本を雲居の上からどう見ておられるだろうか。かつての美正神社は荒廃して無くなり、その声を惜しむ人々の手によって石碑が建立せられた。しかし、そのことを知る人は少ない。

勤皇精神が今は蔑まれてる中にあっても、楠公精神の様にその不動の心を保ち続ける事によって、勤皇に殉じた英霊の名誉がいつの日か恢復せられることを願っている。勤皇志士たちの死を無駄にしてはならない。その日が来るまで待っていてくれ。彌榮!!(理事長談)


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投稿日:2026/10/22

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