
…ところがその4年後、悲しくも安倍元総理は、凶弾に斃れられました。我々は安倍総理の志が途絶えることがあってはならないとの思いから、大阪護國神社において慰霊祭を斎行。3年目となる本日、石碑が建立されることとなりました。
今回、髙岡理事長が昭恵夫人より『憲政殉難之碑』の揮毫を賜い、安倍元総理が板垣百回忌の時に揮毫頂いた「板垣死すとも…」の揮毫とともに石に刻まれることに。大阪護國神社・藤江正鎮宮司、同神社責任役員・寺内俊太郎さまのお力により、立派な石を取り寄せて作成された石碑は、八十日(やそか)日はあれど本日を撰び定めて除幕となりました。
安倍元総理の揮毫と昭恵夫人の揮毫が並んだ石碑は、全国初のものです。
安倍先生。安倍晋三先生と言う偉大な政治指導者を、我々日本(にっぽん)国民が失ってから三年の歳月(としつき)を迎えようとしております。
先生は、日本(にっぽん)の首相として、日本(にほん)史上歴代最長の通算八年八ヶ月にわたり国政を執られ、その間(かん)、東日本大震災からの復興、日本(にっぽん)経済の再生、日米関係を重視した戦略的外交を主導し平和と安寧秩序の構築に貢献されました。
それは、わが日本(にっぽん)のみならず、世界の国々に明るい希望と未来を差し示すものでありました。その安倍先生を失ってからの日本は残念ながら、(本当に残念ながら)切歯扼腕をせざるを得ない状況が続いております。
「歴代最長」という言葉。それは単に「長い」と云う期間を示すものでは無く、客観的な尺度で申し上げますと【国民から最も愛され、最も長く信任された首相】であると言えるのではないでしょうか。
令和四年七月八日、二発の銃声が空に轟き、そして、あの日、あの安倍先生を失った日を、今も我々は忘れることが出来ません。
事件は民意を問うための選挙の演説を遮るかのように起りました。応援演説で大和西大寺へお越しくださった安倍先生がマイクを握り、演説をされている背後から犯人は忍び寄り、先生を銃撃したのでありました。
我々はこの議会政治の根幹を揺るがす暴力的行為を決して許すことは出来ません。
犯人の狙いは何か?事件から三年を経て、未だに公判は開かれず事件の真相は明らかになっておりません。
しかし、我々がこの稀代の英雄を失ってから、日本(にっぽん)が良くない方へ進んでしまっているのは、現前たる事実なのであります。あの事件の二日後、私は有志らと共に、花を手向けるため事件現場を訪ねました。それは、安倍先生が最期に御覧になられた景色を、私もこの目で確かめておきたかったからに他なりません。
焼けつくような暑い日でした。参議院議員選挙の当日。我々が目にしたものは、何キロにもわたる長蛇の列。安倍先生の最期の現場をひと目でも目に焼きつけ、その場所に花を手向けたいと思う人々の群れがそこにありました。…しかし、(しかし)その事件現場には、今も一柱(ひとはしら)の石柱(せきちゅう)を建てることすら出来ない現実が横たわっています。
戸惑いと無念さの交錯する中で、私は安倍先生の志が、このまま途絶えてはならないとの想いから、この慰霊祭を発議し、やがて、その想いが共有され、本日、各界各位のご賛同を得て、大阪護國神社の本殿脇に、安倍先生を顕彰する石碑が建立されるに至りました。…微力な私一人だけでは到底なし得(う)ることのできないことを、大阪護國神社・藤江正鎮宮司をはじめ、寺内俊太郎責任役員さま関係各位のひとかたならぬ御高配を賜り、また、本日は昭恵夫人ご臨席のもと、石碑建立除幕式、ならびにこの慰霊祭を斎行することが叶いました。
本日、この社殿のご神前には、安倍元総理が最期の肉声を通されたマイクと、一発目の銃弾が被弾した議員バッチ、そして安倍先生の愛用されたネクタイとマフラーがございます。…私は今もなお、このご遺品の中に安倍先生の魂(たましい)が宿(やど)っていると考えております。
本日我々がこの本殿脇に建立した石碑は「憲政殉難之碑」と名づけられました。「憲政」とは「後世の模範となるべき素晴らしい政治」という意味であります。そして、この素晴らしい政治が途絶えることがあってはならないという想いから、この碑(いしぶみ)は名づけられました。…文字は昭恵夫人が、自(みづ)から筆を執ってお書きになられたものであります。…この文字は、時代を超えて茲(ここ)に残り、我々の想(おも)いが後世に伝わることを願っております。
我々は言論を暴力によって遮るような社会であってはならないと考えております。自民党の源流を創った板垣退助もまた、文久三年京都での暗殺未遂事件をはじめとし、明治元年日光・光栄坊、明治十五年岐阜、明治十七年東京・芝金杉川口町、明治二十四年は神田の錦輝(キンキ)館で演説中に暴漢が壇上にあがって襲いかかり、翌明治二十五年は神戸三ノ宮で拳銃で狙われるなど、著名なものだけでも計六回以上の暗殺未遂事件が知られ、憲政確立までの多難な時代に身を置きました。
省みれば、安倍先生もまた然(しか)り。平成十二年六月から八月にかけ、御自宅や地元事務所に火炎瓶を投擲され命を狙われること五回、その他、妨害工作や印象操作など多難な試練の中、国策を考え、常にこれに向き合い、国民のために取り組んでこられました。
現今日本(にっぽん)を取り巻く国際社会は、残念ながら暴力の渦巻く混沌の中にあり、安倍先生の目指された平和で「美しい国」日本を建設するヴィジョンが、先生の「志」がこんな暴力によって途絶えることがあってはならないと云う決意を胸に、志を同じくする者たちが本日(ほんじつ)集い侍(はべ)り、先生の御命日を前に、御遺徳を偲び、石碑を建立し、慰霊祭を執り行う次第であります。
政治家として国に殉(じゅん)じられました安倍先生の神霊(みたま)が、天(あま)翔(が)けましても、我々とこの国のゆく末をみそなわし、また「万世一系の皇統を戴くこの皇国(すめらみくに)が諍(いさか)い無く安寧(あんねい)を保(たも)ち、富(と)み榮(さか)え、天壤(あめつち)とともに極まりなく続きますように」お守り下さいますよう、護國(ごこく)の大神(おおかみ)たちが神(かむ)鎮(しづ)まり坐(ま)す御社(みやしろ)に於きまして乞(こ)い願(ね)ぎ奉(たてまつ)り私の祭文(さいもん)と致(いた)します。
令和七年七月六日 一般社団法人板垣退助先生顕彰会 理事長 髙岡功太郎
【神事】
●国歌斉唱(前奏あり2回復唱式)参列者各位
●修祓
●宮司一拝
●降神
●献饌
●祝詞奏上 大阪護國神社宮司・藤江正鎭さま
●巫女舞 『みたまなごめ』
●祭文奏上 一般社団法人板垣退助先生顕彰会理事長・髙岡功太郎さま
●献歌奏上 一般社団法人板垣退助先生顕彰会理事長・髙岡功太郎さま
●玉串拝礼 (1)大阪護國神社宮司・藤江正鎭さま
(2)安倍昭恵夫人
(3)大阪護國神社責任役員・寺内俊太郎さま
(4)参議院議員・青山繁晴さま
(5)一般社団法人板垣退助先生顕彰会理事長・髙岡功太郎さま(並びに板垣家ご親族様)
(6)大楠公ご子孫/NPO法人板垣会理事・楠正浩さま(並びに勤皇志士ご子孫各位)
(7)一般社団法人板垣退助先生顕彰会理事/元衆議院議員・長尾たかし さま
(7)一般社団法人板垣退助先生顕彰会理事・草刈健太郎さま
(8)湊川神社宮司・垣田宗彦さま
(8)福島天満宮宮司・寳來扶佐子さま(並びに神社関係者様、あさなぎ関係者様)
(9)衆議院議員・高市早苗さま名代(秘書)西村日加留さま
(9)元衆議院議員・中山泰秀さま
(9)元衆議院議員・大西宏幸さま名代(秘書)服部篤輔さま
(10)大阪府堺市議会議員・西川良平さま
(10)兵庫県尼崎市議会議員・波多正文さま
(10)兵庫県尼崎市議会議長・佐野剛志さま
(11)作家・西村幸祐さま
(11)作家・山口敬之さま
(11)作家・岩田 温さま
(12)日本会議大阪 運営委員長 衞藤恭さま名代・丸山公紀さま
(日本青年協議会/日本会議関係者さま、並びに本日まだご拝礼がお済でない方)
●祭電 参議院議員・太田房江さま
参議院議員・松川るい さま
元衆議院議員・中山泰秀さま
元衆議院議員・大西宏幸さま
山本権兵衞玄孫・山本盛隆さま
日本経済大学准教授・久野潤さま
ほか多数
●撤饌
●昇神
●宮司一拝
●『國の鎭め』奉唱(前奏あり2回復唱式)参列者各位
●退下
(神事司会・塩瀬/西口)