【訃報】髙岡功さん(髙岡功太郎理事長の父)逝去(令和7年5月21日)

【訃報】
一般社団法人板垣退助先生顕彰会髙岡功太郎理事長の父・髙岡功(いさお)さまが令和七年(二〇二五)五月二十一日逝去されました。享年八十四歳。


髙岡功さまは、昭和十七年(一九四二)六月二十七日兵庫県生まれ。同志社大学工学部電気工学科を卒業後、電電公社本社総裁室へ入社。その後、電電公社八尾統制無線中継所所長、NTT六甲統制無線中継所所長などを歴任。昭和六十二年(一九八七)、auの前身となる関西セルラー電話株式会社の設立準備に参画、技術部長として携帯電話の技術開発に従事。当初、NTTから出向する形での技術協力でしたが、関西セルラーの設立に伴いその技術部門のトップの一人として携帯電話の黎明を支えられました。当初アナログ式であった携帯電話をデジタル化し、またcdmaOneなどを主導。平成六年(一九九四)、関西セルラー電話の取締役に就任、のち社名はau、またKDDI(第二電電)へと変わり事業拡大を遂げ、功さんはKDDIの上席理事、顧問として携帯電話の普及に寄与。


その間、近畿大学理工学部電子工学科で教鞭をとり、後人育成にも努められたほか、郵政省周波数有効利用委員会専門委員、郵政省安全性信頼性研究会専門委員、携帯電話端末機器技術基準研究会委員を務め、携帯電話の安全利用の基準などが定められたのも功さまによるご尽力の賜物です。



髙岡功さま 訃報記事(NPO法人板垣会会報より)


ありし日の髙岡功さま(※クリックで拡大)


平成十七年(二〇〇五)には、携帯電話の基礎構築、移動体無線通信の普及発展に寄与した永年の功労を賞され、財団法人電波技術協会より電波技術協会賞を受賞



役員会議にて


合同説明会にて



現場視察


(左)髙岡功取締役上席理事(米国にて)


私生活としては、昭和四十五年(一九七〇)、大阪万博の開催された年に板垣退助の曾孫にあたる乾眞理子さま(本籍高知県高知市南越前町)とご結婚、一男一女が誕生。令和七年(二〇二五)一月より体調を崩されて緊急入院、大阪万博のあった万博記念公園を望む吹田徳洲会病院で、胃癌のため逝去されました。亡くなられる直前まで意識ははっきりされておられ、最期に「ありがとう」の言葉を残されたとのことです。謹んでご冥福をお祈りします。(事務局より)


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投稿日:2025/05/21

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