『祖國と青年』(令和5年5月号)

雑誌『祖國と青年』(令和5年5月号)に、本年3月26日に弊会が斎行しました【桜の季節に安倍晋三元総理を偲ぶ慰霊祭】の記事が載りました。当日は『産経新聞』、『アイデンティティ』などメディア関係の方も多数お越しになられました。『祖國と青年』の執筆者の方も駆けつけて下さり、弊会理事長も取材にお応えしました。


安倍晋三元総理を偲び大阪護國神社で顕彰祭

令和5年(2023)3月26日、春雨のそぼ降る中、大阪護國神社にて、板垣退助玄孫・一般社 団法人板垣退助先生顕彰会(以下、板垣会)理事長・髙岡功太郎氏ならびに有志一同による『安倍晋三元総理を偲び桜を観る会』が開催された。

会は「花見」「神事」「直会」の三部構成で、板垣会関係者、高知板垣会からは大楠公の御子孫・楠正浩理事、高知県香美市からは依光晃一郎市長、地元からは各市議会議員、全国犯罪被害者家族を代表して草刈健太郎理事、山口県出身者代表として猪亦誠顧問ほか地域の名士等30余名が参加した。 同会は、昨年7月8日、凶弾に斃れ、逝去された安倍元総理の偉業を顕彰し、その志を継承するため、安倍元総理の愛された桜の季節を期し斎行された。


今回、あいにく花見は雨天のため、神社の斎館より拝観。神事にあたる『桜の季節に安倍晋三元総理を偲ぶ慰霊顕彰祭』では、国歌斉唱、祝詞奏上 (大阪護國神社宮司)、祭文奏上(髙岡氏)、献歌奏上(秀歌三首)、 玉串拝礼、『國の鎮め』を奉唱。直会では、 主催者挨拶、来賓挨拶、献歌秀歌の献詠者への表彰式があり、 献杯後、参列者同士の意見交換を行い交流を深めた。

板垣会は、明治維新百年・板垣退助五十回忌にあたる昭和43年、佐藤栄作総理が名誉総裁となり、「板垣退助先生薨去五十年墓前祭」を東京・品川神社裏の板垣退助墓所で斎行するにあたり組織された。板垣退助が創設した「愛國公党」ならびに「自由党」は、現在の自由民主党の起源であり、明治天皇の『五箇条の御誓文』の第一条「広く会


議を興し、万機公論に決すべし」の理念ならびに『億兆安撫国威宣揚の御宸翰』の意を拝し、その体現に努めた板垣退助の自由民権運動が、大日本帝国議会の開設を導いたとして、佐藤総理は「板垣死すとも自由は死せず」と揮毫。板垣退助 の墓前に石碑として建立した。

それから五十年を経た、明治維新百五十年・板垣退助百回忌にあたる平成 三十年、板垣会は位牌に刻む 「板垣死すとも…」の文言の揮毫を当時の安倍総理に請願した。趣旨に賛同された安倍総理は「板垣退助大先生のために出来ることなら」と中東・米国訪問等多忙な合間を縫って「板垣死すとも自由は死せず」と 揮毫され、髙岡氏に贈られた。


髙岡氏は祭文の中で「日本の首相として、日本史上歴代最長の通算8年8カ月にわたり国政を執られ、その間、東日本大震災からの復興、日本経済の再生、日米関係を重視した戦略的外交を主導し積極的に国際平和の秩序構築に貢献されました。なかでも、集団的自衛権の行使容認による日米同盟強化を基軸とした外交・ 安全保障政策と憲法9条を中心とする憲法改正に、意欲的に取り組まれたお姿は、まさに我々国民の希望の光でありました。『歴代最長』と云う言葉を、客観的な尺度で申し上げますと、国民から最も長く愛された首相と言えるのではないでしょうか」と述べ、安倍元総理の功績を讃えた。本会を通じて安倍元総理の偉業を偲び、皇統護持・憲法改正等の志を継承してゆきたいと感じた。
〔中原博美〕


『祖國と青年』5月号は、先に逝去されました三好達先生の追悼記事に加えて、第6回TOKYO憲法トークライブ【安倍総理が描いた日本の未来】と題して谷口智彦先生の執筆記事を掲載。また勝岡寛次先生による【皇統の歴史と旧宮家】等じっくりと、日本の根幹を解説したもので注目すべき記事満載です。

※『祖國と青年』ご希望の方あれば、弊会から連絡いたしますので、きがねなくお問い合わせください。


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投稿日:2023/05/05

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