『論座』令和4年10月4日号「安倍元首相への歴史の審判は?~大隈重信・板垣退助の葬儀とその歴史的評価」についての深彫り

朝日新聞系の論評紙『論座』(令和4年10月4日号)に、「安倍元首相への歴史の審判は?~大隈重信・板垣退助の葬儀とその歴史的評価」という記事が載った。

安倍元首相の国葬、大隈重信の葬儀、板垣退助の葬儀を比較したもので、板垣に関しては好意的に書かれているので、あえて取り上げなくても良いかとも思ったが、一部、誇張や、事実誤認の箇所があり、その誤認の部分がやんわりと国葬批判の武器となっていた。


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正確な箇所と事実誤認の箇所が、まだらにある為、「そうだったのか!」と誤解が広がらないよう具体的に指摘しておきたい。

記事をお書きになった田中秀征先生は、元経企庁長官で福山大学客員教授をしておられる。田中先生の愛読書の中に、故岡義武東大教授の『近代日本の政治家』があり、田中先生のコラムは岡義武先生の著書からの引用によるもので、田中先生は同書から正確に引用してしておられるのだが、問題は岡義武先生の記述にある。著書では、
1)大隈重信の盛大な葬儀と比較して、板垣退助の葬儀はひっそりとしていたが感動的な葬儀であった。
2)板垣退助の死亡時、世間では忘れられた存在になっていて、新聞でも小さく伝えられただけで、今でいう「ベタ記事」扱い。世間の注目度はきわめて低かった。
3)板垣の葬儀は、国葬でも国民葬でもない。世話になった5人の盲人総代が通夜を営み、恩顧を受けた力士たちが棺を担いだ、いわば「庶民葬」であった。儀仗兵一個小隊に護(まも)られ、弔旗が掲げられた街の中を走った大隈の霊柩車とは、雲泥の差であった。
3)板垣退助は「百円札が発行されるまで世間から忘れられた存在」だった。

とあり、記事では盛大な葬儀を行った大隈重信より、板垣退助のひっそりとした葬儀の方が感動的であったとある。他界した時点で「すでに一般の世人から忘れられた存在になっていた板垣は戦後、100円札紙幣の肖像に用いられて再び脚光を浴びた」すなわち「歴史の審判」はこのようなものである。…と書かれ「安倍首相の国葬ははたしてどうだろうか」と、やんわり国葬批判の武器とされているのである。


おそらく、田中秀征先生は『近代日本の政治家』を読みそのままお考えになった御意見を書かれたのであろうから罪はないのかもしれないが、問題は岡義武東大教授の書いたことが本当に正しいのかという点を考えていきたい。
1)板垣退助はひっそりとした葬儀だったか。→【反証】板垣の葬儀にあたっては拙著『板垣精神』にも記したが、7月16日の薨去の報に接し、当日の朝だけでも、床次内相、島村軍令部長、秋山大将、坂本中将、土方伯爵、阿部東京府知事、安藤京都市長ら、80名が弔問に訪れ、午前9時、羽多野宮内大臣の弔問があり、原敬首相が葬儀委員長を務め、野田逓信大臣が、葬儀副委員長を務めている。天皇陛下から誄詞(るいし, 一般で言う弔辞のこと)を賜い、旭日桐花大綬章と、従一位を賜った。写真左は『歴史写真』大正8年8月号によるものだが、長大な葬列となった。地元高知では、東京の葬儀へ上京できない人の為に遙拝所が設けられた。時の首相が葬儀委員長を務めた葬式を「ひっそり」と云うのだろうか。むしろ準国葬であったと言って過言ではない。

2)板垣の死亡記事は小さく「ベタ記事」扱いだったか。→【反証】『東京朝日新聞』、『都新聞』などでも、板垣の薨去(死亡)前から特集記事が組まれ、世間の注目は高かった

3)板垣の葬儀は、国葬でも国民葬でもない「庶民葬」であったか。→【反証】時の首相が葬儀委員長を務め、旧自由党関係者、大臣が参列し、天皇陛下から誄詞(るいし, 一般で言う弔辞のこと)を賜い、旭日桐花大綬章と、従一位を賜ったものを「庶民葬」と云うのだろうか。板垣が盲人の按摩専業に取り組んだことから、盲人総代が通夜に訪れたが、彼等だけだった訳ではなく多数いた人々の中の一人である。力士19人が霊柩車を曳き相撲甚句を歌いながら、菩提寺の青松寺まで棺を運んだもので、決して質素ではなく、好角家の板垣らしい葬式となった。
3)板垣退助は「百円札が発行されるまで世間から忘れられた存在」だったか。→【反証】「板垣百円札」が発行される前に「板垣退助の50銭札」が発行されている。また、昭和13年(1938)の大日本帝国憲法発布50周年の式典において、憲政の功労者として誰を顕彰しようかと発議された際、伊藤博文、大隈重信、板垣退助の名前が満場一致であがり、国会議事堂に板垣退助の銅像が建立されたのである。しかも、記事ではその時の除幕式後の写真まで使っているので、著者はそのことを知らぬはずは無い。…にも関わらず、時系列を無視して、お涙頂戴の美談に仕立てられていることに違和感を覚えてしまうのは当然ではないか。


以上をファクトチェックしただけでも、岡義武教授の記載がいかに偏向しているかわかるのではないだろうか。東大教授という肩書に眩惑して、事実関係を査読する目を失われてはならない。

上記のような例は、戦後書かれた書籍に多い典型的なもの。ある人物が誇張して書いたものを、鵜呑みにして孫引きして、イメージを作り上げる。…ともすれば、正しく指摘する側が批判されるのが、現状である。
この種の話は、例えば「坂本龍馬は司馬遼太郎が小説にするまで忘れられた存在だった」などと同じ類で、歴史を少しでも知っている人からすれば当時から忘れられた存在ではない。これに対して例えば明治維新以降に山内容堂に「坂本龍馬はどうだったか?」聞かれた時に、「そう言えばそう言う御仁がいたな」と返した例を引き合いに出す人がいるが、これは大名特有の奥ゆかしい言い方であって決して忘れていたからこう云う言い方をしたのではない。誰かの功績を誇張して評価する為のレトリックであるのに、真に受ける人がいるのと同様である。

さて、フォローするならば、大隈重信と板垣の貧富の差は「葬式」ではなく、実際に住んだ「住居」で比較するべきではなかっただたろうか。大隈重信が豪邸に住んだのに比較して、板垣の住んだ家は間口も質素な庶民的な造りの家であった。『論座』の記事自体は「板垣退助に対して好意的であるので、わざわざ声を荒げる必要ないのでは」と思われる方もおらるかもしれない。しかし、私は自分の良心に嘘のつけない人物である。事実無根の逸話で褒められても嬉しくないし、本当の話に対する真実性が薄められてしまうなら尚更である。


例えば「板垣死すとも…」言は板垣は言っておらず、側近が言った言葉だの、新聞記事のタイトルだだの、実際は高知弁で「イタイガーヤキー」と言ったのがそう聞こえただの(史実では板垣自身は「痛みは感じなかった」と言っている)根拠無きデマを吹聴する悪意ある人が後を絶たない。本当の事が嘘にされ、嘘が本当のように報道されているのに、誰も見て見ぬふりをし、板垣の功績を毀損し徹底的にイジメぬいてきたのが現今の報道各社である。それは何故か。報道各社は板垣の勤皇精神が報道されるのを極端に嫌い、「神道指令」に代表されるように、日本精神が解体されることを願っているからである。


例えば会津戦争で「官軍は賊軍の遺体埋葬を禁止して腐るまで放置させた」なる言を事実かのように話す人がいる。しかし、これは史実ではなく、実際には「遺体埋葬令」が出されているのは周知の事実であるが、嘘も百回つけば、現実となると言わんばかりに、しきりにこのような説を話して利益を得る小説家たち。官軍をあたかも悪者の様に描き解説する観光地史観。私は板垣ら勤皇の志士たちの冤罪を晴らし、このような弱者差別に対して断固として終止符を打ちたい。そうしないければ、板垣が岐阜で刺されたことすら「刺されたとされる」のように濁され、真実が消されていくのを憂慮するからである。


最後にマスコミ関係者に一言。「板垣死すとも自由は死せず」の言葉を説明する際、「岐阜で暴漢に刺された際に叫んだとされる」と書くのは辞めてもらいたい。何度も書いているが『岡本都與吉探偵調書』や中元先生の論文で既に決着している。それを執拗に「される」と書くのは非常に失礼な話だ。死後100年経て、板垣の行動を疑っているのかと言いたい。「言ってない説」はいずれも根拠がない。それにも関わらず「される」と書くのは死者を冒瀆し、名誉を棄損し、真実性を歪めている許されざる行為であると言わざるを得ない。そして、歴史家気取りの俄か知識をひけらかす昨今の護憲派に言いたい。昨今の護憲論では誰が言い出したのか、板垣ら自由民権派は「帝国憲法の発布に反対した」現在の「日本国憲法は民権派の意見を反映させた憲法である」と誤解している人がいるが、現行の憲法はGHQの民政局がたった8日で作ったもので、日本の民権派の意見など一切意見の入る余地は無い。板垣らは帝国憲法発布の時に祝賀会を開いているし、何より板垣が「帝国憲法を反対した」のなら、その反対した人物の銅像を帝国憲法発布の50周年の祝賀記念に建立したのかと言いたい。この話も以前、NHKのインタビューで答えたが丸々カットされたし、本年の東海テレビのインタビューでも丸々カットされた。偏向した解説は、板垣ばかりでは無く、植木枝盛や五日市憲法草案にも及ぶ。植木枝盛の憲法草案でも軍隊の規定があるし、五日市憲法でも同様である。歴史を歪曲し真実を隠蔽する人には、どこかで綻びが出て天罰が下ることであろうと信じたい。


沖縄の基地反対座り込み問題を見よ。彼らは「基地が無くなれば平和になる」と信じて行動している。しかし、現実はどうだろうか。「基地が無くなれば、中国大陸の侵略の野心は強まり、ウクライナのような戦地となる」であろうことは想像に難くない。西村ひろゆき氏が、基地反対座り込みの実態を世間に公表することで、間違った人々を振り向かせるつもりであったならば価値がある行動ではないか。間違った情報は、間違った方向へ進む人を育て脅威を増大させることを肝に銘じて行動せねばならない。(理事長談)


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投稿日:2022/10/04

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