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板垣特集【君辱めらるれば臣死す】(令和4年2月6日号)...投稿日:2022/02/06

令和4年は板垣退助の岐阜遭難【140周年】にあたる年です。 『岐阜新聞』は『自由と刃』と題して板垣特集を毎月第1日曜版に連載されることになり、第2弾も第2面に大きく特集記事が載った。 新聞特集は多くの研究者に取材して構成されているので、詳細は紙面をご購読頂きたいが、紙面に漏れたことを何点か補足。 第一に、西南戦争に関して加わらなかった理由は、尊皇の板垣として「賊軍」となる事を避け【官軍に抗する事を義としなかった】為で、手段の為なら官軍に抗する事も是とした西郷とは大いに異なる。 不平士族の叛乱があった時に、立志社の人間で呼応する動きはあったが、板垣は諫めている。 …

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明治憲法に対する偏向解説は教育の危機...投稿日:2022/01/30

「五日市憲法」は草案であってそもそも、憲法制定の土台にあがっていない。 自由民権運動ですら、曲解して日教組のプロパガンダに利用されつつある危機にある。 以下『産経新聞』より、良い記事なのでそのまま引用。 オンラインで開催されている日本教職員組合(日教組)の第71次教育研究全国集会(教研集会)は2日目の29日、分科会が開催され、多くの授業実践例が発表された。社会科教育(歴史認識)では、大日本帝国憲法(明治憲法)の制定過程に関して事実を歪曲(わいきょく)して伝え、子供たちが正しく歴史を学べていない可能性が浮上。そこには子供のうちから現行憲法に対する〝護憲〟思想を浸透…

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板垣遭難140年特集『岐阜新聞』(令和4年1月9日号)...投稿日:2022/01/09

令和4年は板垣退助の岐阜遭難【140周年】にあたる年です。 という事で『板垣死すとも自由は死せず』の言葉が天下に広まった岐阜の『岐阜新聞』は、『自由と刃』と題して板垣特集を毎月第1日曜版に連載されることになりました。 その第1回は、第1面にも告知記事があり、紙面第2面にほぼ全面を使っての大記事です。 記事は少年時代の逸話に始まります。伏見の合戦で『薩土討幕の密約』により参戦した土佐藩は、その後、乾退助の失脚を解いて軍の大隊司令に復職させます。 鳥羽伏見の合戦の時に乾退助自身が参戦できなかったのは、大政奉還に大反対をし、あくまで討幕を主張したからです。合戦の前…

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乃木希典の台湾売却と会津藩の蝦夷地売却 (令和3年12月7日)...投稿日:2021/12/07

台湾をフランスへ売却しようとした乃木希典と、それを激怒して乃木を更迭した伊藤博文。 戊辰戦争の末期、戦費を贖う為に会津藩と庄内藩は、北海道をプロイセンに売却する事を提案。ビスマルクは欧州の国際情勢から日本の戊辰戦争へ関与する事を避け、一旦はこの申し出を却下したが3週間後、思い直して承諾書を日本へ送った。 横浜にいた駐日プロイセン公使マックス・フォン・ブラントが書いた外交書簡によれば、当時東北に居たプロイセン人の仲介人シュネルに対し、軍費を会津藩・庄内藩に与える担保として蝦夷地の99年間租借権を、会津藩主・庄内藩主から全権委任を受け「100平方ドイツマイル(5.625平方km)…

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板垣会会報・第9号発行 (令和3年12月7日)...投稿日:2021/12/07

今年で9年目、板垣会会報、第9号発行。 別に示し合わせした訳ではないが、今回は執筆陣の多くが戊辰戦争での板垣を取り上げている。 小生も本年コロナ禍での板垣山墓所整備と岐阜東照宮の社殿再建についてを執筆。戊辰戦争を避けては通れない内容である。 澁谷雅之先生は、板垣率いる迅衝隊が戊辰戦争で戦った銃装備に関して、かなり詳細な解析・解説をして下さっているし、谷是先生は高松平定に関してのお話。 大楠公の末裔である板垣会の楠正浩理事は、土佐藩に召抱えられ御典医となった経緯などを詳述して下さった。これなどは土佐藩の会でも投稿して頂きたい内容である。戊辰戦争150年を過ぎて漸く、板垣顕彰の…

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